数年前の夏、私はなんばにある漫才劇場にいた。
いつものネタ公演、始まる前にMCのコンビが客に質問をする。
「遠い所から来たよって人いますか？」
遠方から来た女性のお客さんが当てられた。MCのコンビは女性に向かって質問を続ける。
「誰を見に来たんですか？」
「リリーさんです」
「…、見取り図、じゃなくて？」
「リリーさんです」
女性の言葉は何一つ揺るがなかった。笑いにしているというより、真剣そのものだ。
私はその日初めて生で見取り図を観る日だったので、始まる前から「どんだけ」と驚愕したのを覚えている。これは実話である。
独特なワードと特徴的な声でツッコむ盛山晋太郎と、涼しい顔で狂気を放つボケのリリーのコンビ。今回は「見取り図」についてです。
M-1の常連組で、特に2020年の決勝3位という活躍は記憶に新しい。
関西では前々から売れっ子で、お笑い好きの中では当たり前の存在という印象だった。
漫才が面白いのは第一としておくが、私が見取り図を好きになったきっかけはお笑いとは少々外れる。
Lmaga.jp（https://www.lmaga.jp/feature/87343/）内に「リリー先生のアート展の見取り図」という連載記事がある。
アートへの造詣が深いだけで抵抗力がゼロになる私はこれにより一気に好感度が上がった。
リリーは美術の教員免許を持っている。Wikipediaにもさらっとしか書かれてないこの情報、もっと赤字か太文字フォントで目立つくらい大きく記してほしい。何なら印刷して紙が破けるぐらい蛍光マーカーを引きまくりたい。
それはさて置き、素人からしても面白い美術史を織り交ぜて解説してくれており、リリーならではの静かなボケも挟んだ面白く読みやすい文章となっている。実際にこの連載を読んで展覧会に行った事も何度かあるが、楽しさが増してとても良かった。
今はご時世と多忙からか休載しているのが残念だが、またいつかこういう仕事もしてほしい。
今のところリリー個人に対しての事しか書いていない。ここに来て私は冒頭の女性の気持ちが分かりそうになってハッとした。いけない。やはり見取り図は2人で見取り図だ。
2020年、M-1前の11月、私はなんばグランド花月で（M-1でもやっていた）マネージャーのネタを見た。
その時、以前見た時の漫才よりも更にキレて、2人が進化していて凄く驚いた。そしてそこからのM-1での活躍には納得した。
個人的に見取り図に感じるのは「治安の悪さ」である。彼等がやっているYouTube（「見取り図ディスカバリーチャンネル」は度々”治安の悪いYouTube”と言われる）や、アキナと共演している関西テレビのレギュラー番組「シャバめの象さん」（すぐフルチンになったりよくドラム缶で遊んだりする番組）が特にそうだと思う。ただ、制限はある程度かけているようで、当人らからするとどうやら「ほんとはまだまだやりたい」ようなのだ。
今や全国区の人気だが、この染み付いた浪速の匂いは酒と煙草だけ鞄に詰めて上京したような千鳥に通ずるものを感じる。
そんな（言い方が悪いが）ガラの悪さはさることながら、どこまでも彼らは「漫才師」でい続けている。そして何より劇場での漫才を大切にしている。漫才師、見取り図。生で感じるあのキレと勢いを見に、劇場へ行こう。
「誰を見に来たんですか？」
「見取り図です」
